本人には申し訳ないが私は初めてあって何年かは彼が映画を撮っているとは全然知らなかった。
ライブによく見に来てくれる何となく不思議なオーラを持っている若者だなあと思っていた。
そして初めて彼の作品を見た時すべてが納得出来た様な気がした。
彼の作る映像の世界観、独特の間、音の使い方、臭い、言葉がすべてが彼そのものの様な気がしたからだ。
そしてこの「太秦ヤコペッティ」まさに宮本杜朗監督そのもの。彼のすべてが詰まっている。
この映画みんなに見て欲しい。いや絶対に見るべし!!

―― ドラびでお/一楽儀光


ヤコペッティは70年代に映画館でほとんどの作品を見ている。
中でも『ヤコペッティの大残酷』が好きだった。劇中に登場する乳房が3個ある女性のシーンが忘れられない。
この『太秦ヤコペッティ』も残酷シーンを描きながらも”生と死”の境目をシニカルに、時にコミカルに描いた点や、血まみれの死に様を何度も描きながらもむしろ生きることの意味を浮き上がさせる手法は、本家ヤコペッティのスピリッツを正統に引き継いだ画期的な劇映画だ。
ダルそうに生きる若者そのものを象徴するような和田の、それでいて誰よりも自分の人生をぶれることなく生きている姿が清々しい。
これは血まみれの叙情映画であり、息苦しいまでの生を描いたひとつの人生訓である。傑作!

―― jojo広重


Discover and wonder.

―― Tom Mes(MIDNIGHTEYE.comより)


イデオロギーじゃない、思想をつかみ取った人たちの顔が映っている。
これが映画だと思う。こういう映画を観ないで映画を語るなよ。
ありがとう。

―― 矢崎仁司(映画監督)


ヤコペッティがそうであったように、本来、夜の映画であるはずの本作は、実際には真昼の眩みを起こさせる。底のほうに重たい野蛮が流れているが、それを扱う手つきが飄々としているために、どうしようもなく明るいのだ。世界の皮を一枚ずつ剥いでいけば本作が姿を現すかもしれない。まるで裸子植物みたいな映画だ。

―― 五所純子(文筆家)


さなちゃん、百貫と結婚して良かったな~

―― 阿部澄江(スタイリスト)